■MotoGPのあゆみ
そして2004年、本場ヨーロッパへ
シーズンオフ、大きな契約が取り決められた。ダンロップのタイヤ開発のをモリワキが行うことになったのだ。2003年ダンロップはカワサキワークスにタイヤを供給していたが、この年、MotoGPのタイヤ開発をモリワキに求めたのである。その結果2004年のグランプリシーズンを前に、タイヤにとっては過酷な高温多湿地帯、マレーシア・セパンサーキットを中心にタイヤテストが繰り返された。そしてワイルドカード枠ながらも、ヨーロッパラウンドへの参戦の道が開けたのだ。
ライダーも変更された。昨年カワサキワークスでグランプリを走っていたアンドリュー・ピットである。その豪快な開けっぷりはやはりグランプリを経験したライダーのものだった。長期的な視点ではライダーを育てたい。しかし森脇氏はピットを起用した理由を、「MD211VFはまだライダーを育てるという段階ではなく、ライダーに育ててもらう必要があるんです。マシンを作り込むためにライダーに犠牲を強いることはできない。今後初めてのヨーロッパラウンドを戦うために、そこを走った経験があるライダーが必要なんですよ」と語った。マシンは6号機となり、テストでは1年前のヤマハワークスと同レベルのタイムが出された。
HONDAからは211Vのエンジンを3基借りることになった。本番車、スペアマシン、メンテナンスと回転させることができる。イタリアの「カーボンドリーム」が作ったカーボンファイバー製のカウルも完成した。この年は鈴鹿の開幕戦がなくなり、モリワキの初戦は6月6日イタリア・ムジェロと同13日カタルニアからとなった。急に出場が決まった2003年とは違い、時間はある。その時間でタイヤテストが繰り返された。