■MotoGPのあゆみ

まっすぐ走るのか、それも分からなかった

 初めは敢えてフレームの剛性を低くし、しならせるフレームとした。それが2002年11月、もてぎで参戦発表後1カ月後に完成した1号機である。まだ積極的な軽量化もしておらず、160kgはあったというマシンだ。フレームの剛性は走らせながら補強していくつもりだった。その手法が採れるのも鉄パイプの強みだ。

 シェイクダウンは2002年11月13日、ツインリンクもてぎ。ライダー奥野正雄。第一声は「なんだこのパワーは」だったが、森脇が心配していた「まっすぐ走る」という課題はなんなくこなした。ちゃんと走ったのである。今思えば、完全新設計のマシンがシェイクダウンテストでまっすぐ走ってしまったということは、とてつもないことなのだろう。

 このときの奥野のタイムは2分12、13秒からスタート。
「ところがしばらく2分を切れなかったんですよ。こりゃただごとじゃないな」と森脇は振り返る。

 ちなみにこの初テストでは森脇尚護もちょっとだけライディングさせてもらい、MotoGPの片鱗に触れている。

 2日間のテスト、初日は1分55秒止まり。2日目は53秒まで行った。細かいサスセッティングが効果を現したのだ。しかし森脇は初日の30分が経過した時点で、帰ってからやることを決めていた。

 問題はウイリーだった。4速5速に入れてもフロントが浮き上がる。ライダーはどうしてもアクセルを開けられない。この年デビューを果たすカワサキZX-RRが遭遇した問題に、モリワキも陥ったのである。
「とにかくこの1カ月で、私は2輪を速く走らせるということがどういうことか,認識が変わりました。タイヤ、サスペンションが影響することの大きさ、そして大パワーを受け止め、それを路面に伝えるということの難しさ、すごく勉強になりました」